2012年5月1日火曜日

JMMA関東支部・エデュケーター研究会(第7回)報告

日時:2011年10月16日(日)午後2時〜
場所:新江ノ島水族館(神奈川県藤沢市)
報告:赤坂有美

今回の研究会では、相模湾に隣接する環境を生かしてエデュテインメント型水族館として豊富なショープログラムと体験学習プログラムに実績のある新江ノ島水族館で、プログラム担当者である唐亀正直氏と原明日香氏両氏による報告がなされた。

本研究会では、各回講話前に見学会が設けられている。今回はまず水族館内展示施設を自由に見学した後、相模湾大水槽でのダイビングショー「うおゴコロ」を、次にイルカ/アシカショー「きずな/Kizuna」、そしてなぎさの体験学習館を各参加者が自由見学した。その後、堀常務から入館者数、展示理念など概要についての解説があり、ダイビングショー担当者である唐亀氏、次に体験学習チーム原氏の各講話、そして質疑応答という流れで行われた。

まず、16年にわたるイルカ飼育担当を経て、魚類チームに異動された唐亀氏(展示飼育部学芸員)により、同館リニューアル前に実施されていたショーの課題と、リニューアル後のショーの企画に際して、各魚の魅力を引き出すにあたり注意した点、そして来館者の方々に各個体を紹介する際に注意している点、そして最後にトリーターとしての発声訓練、立ち居振る舞いの訓練、基礎体力の維持向上を目的としたトレーニングを毎週行っている様子について、報告がなされた。

現在実施されている5つのショーは、イルカショー「スプラッシュ」・「ドルフェリア」、ペンギンショー「ペンギンストーリー」、魚類ショー「フィンズ」・「うおゴコロ」である。

各ショーの目的として5点が挙げられた。第一に、ショーはお客様を楽しませるものであること。第二に、ショーは展示だけでは伝わらないものを伝える手段であること。第三に、ショーはお客様とのコミュニケーション手段であること。第四に、ショーは動物たちとのコミュニケーション手段であること。第五に、ショーは動物たちのエンリッチメントであること。

第一点への問題意識は、来館者が特定のテーマがなければ各水槽を通過していくだけで終わってしまうなどのリニューアル前の課題に由来するものであり、その回答の1つが現在の魚類ショー「うおゴコロ」の実現に繋がっている。

リニューアル前のかつてのショーは、イシガキダイや電気ウナギにギミックを使用し、水槽の外から棒の先にえさをつけて演示者が操作するような1匹1芸を来館者に見学してもらうにとどまっており、各生物や個体の特徴を来館者に伝えるという観点からは不十分な内容であった。

これに対し現在のショーでは、演示者が餌付けをしながら直接魚に触り、来館者に今の様子を伝えるために水中でも会話可能なマスクを利用して相模湾大水槽に潜水している。さらに水槽の外側にもショーの担当者がおり、水槽内の演示者と役割分担をしながら解説を行っている。こうした点は第二、第三の目的を重視した工夫であリ、本ショーの特徴(見せ場)として唐亀氏は具体的に「担当者の手から各個体に直接えさを与える」、「魚の個性を伝える」、「ふれあいができているところを実際に見てもらう」、「魚と仲が良いという非日常性」を印象づけるような構成であることを挙げた。

第二、第三の目的については、たとえば「ペンギンストーリー」ではどのペンギンが餌を食べたのか来館者とともに当てるなどの場面を設け、また、「フィンズ」では担当者が水中カメラで魚のアップを撮影し、大水槽を泳ぐ魚のなかで来館者がお気に入りの一匹を選ぶなど、他のショーでも来館者に対して主体的な参加を促すような館内体験を構成に含むことを重視している。

生物に対しては、異なる担当者が試みても同じ反応を各個体ができるように、たとえば餌を与えるのとほめるタイミングを必ず同じにするなど、職員の行動、サインを統一するなど試みている。これは、第四の目的に即した取り組みでもあろう。唐亀氏は前担当のイルカとの関係では、「相棒のような接し方」を試みていたという。

ショーを通じて紹介する個体についても観察に基づいた判断を行っている。たとえばショーで餌付けを行うイシガキダイでは、他の個体が人間との接触の際、逃げるだけであるのに対し、モノドンと名付けられた個体は臆病な性質にとどまらず、好奇心旺盛であり、右・左の区別を学習できるなど、調教に適した性格が認められるため選定された。

またモノドンの餌付けに際して用いられている条件性強化子(ここではクリッカー)の使い方についても、大水槽で他の魚に餌を食べられないようなむきエビの準備方法や、演示者の行動に合わせてモノドンが行動できるようにクリッカーを鳴らすタイミングなど、ダイバーに合わせてモノドンも回転するショーの時間を短縮するための工夫として詳細な解説がなされた。イルカショー「ドルフェリア」では来館者に見えている演示者はホイッスルを使用しているようには見えなかったため、いつどのようにイルカに合図を送っているのかなど強化子の扱い方については、質疑応答でも参加者の関心を集めた。

来館者からの観点でどのように見えるか、どのような印象を抱いてもらえるかについて常に模索しているため、ショーの際は各個体に対して用いる表現にも注意を払っている。たとえばウツボへのアプローチは、ウツボを「抱く」。「もつ」という表現は選ばない。ウツボが近づいてきてくれて嬉しいという演示者の気持ちやウツボの愛らしさを演示者の動作にたくすなど、来館者に伝えられるよう特に心がけている。トレーニングに関しては、ウツボが人に抱かれるたびに逃げることを学習することがないよう、ヘビと人間とのコミュニケーションで行われているトレーニング方法を応用し、ウツボが逃げる前にリリースすることを繰り返し、人間とともにいる時間を少しずつ長くしていくなどの工夫を重ねている。

同時に、トリーター自身にはまるで人間の動作のように見える生物の行動に対しても、安易に擬人化するような表現はしないよう取り組んでいる。イルカは餌の量や与えるタイミングをコントロールできるが、大水槽は他の魚との関係性で餌を食べられるかどうかも決まる。たとえば、ミノカサゴはカワハギに餌を取られてしまうこともあるため、必ずしも安定した条件反射による行動を期待できるとは限らない。予想外に見られる行動の表現についても、擬人化しないという方針を心がけている。非日常に見られる魚に親しみを持てるようなショーを行う一方で、特に夏休みの時期などは子ども達の誤解を防ぐため、大水槽でダイバーが行っているようなアプローチはウツボやミノカサゴに対して危険であり、真似をしてはいけないと注意を呼びかけるようにもしている。

なお、同館では飼育スタッフを「えのすいトリーター」と呼んでいる。これは生物を飼育し、お客様をおもてなしするというtreatからの造語である。ショーに関わらずとも来館者の目に触れるところに立つことはショーに出演しているのと同じであることから、発声練習や基礎体力の強化プログラム、立ち居振る舞いに関するレッスンにも取り組むなど、トリーターとしての日常トレーニングが紹介され、唐亀氏の報告が終了した。

次に、なぎさの体験学習館での体験学習プログラムについて、体験学習チーム原氏(サブチームリーダー)から報告が行われた。

なぎさの体験学習館は、神奈川県から江ノ島ピーエフアイ株式会社に運営・管理を委託されている施設であり、水族館内からも入館できるようになっているが料金が必要な水族館とは異なり、フリースペースである。

情報センター、ワークショップを行うレクチャーホールのある1階「湘南発見ゾーン」と、「なぎさを歩く」、「なぎさを守る」、「なぎさを探る」をテーマとする展示のある2階「湘南体験ゾーン」で構成される。目的に応じて1階のみあるいは2階のみの利用が可能である。フロアは異なるものの水族館側のタッチングプールを訪ねた後、なぎさの体験学習館の湘南タッチプールを訪れ、飛砂体験装置や波の実験装置と合わせて当日のなぎさのコンディション(天候、波の高さ、潮位など)や、相模湾沿岸地域のイベントが紹介される「ディスカバリーボード」を見学する来館者の流れが見られ、風通しのよい動線である印象が残った。

原氏の報告に戻ろう。体験学習チームは海洋、地学、教育、デザインの各専門分野を経歴とする4名で構成され、発見する力、行動する力、創造する力という3つのキーワードのもと、一般来館者と学校団体、それぞれを対象にプログラムを開催している。

学校団体を対象としたプログラムについては、水族館見学をベースとする「“えのすい”まるわかりシリーズ」4種類、漂着物等海辺で集められるものを素材としたものづくりを中心とする「海からの贈り物シリーズ」6種類が難易度に応じて設定されている。生徒間の協力するちからを育てたい、あるいは集中力をつけたいなどそれぞれの見学目的や利用状況など学校教員からの要望に応じたプログラムも実施している。

一般来館者を対象としたものとしては、まず放課後の子ども達や先に述べたような水族館側からの来館者も当日参加できる、海岸の漂着物を素材に工作を楽しむ「いつでもワークショップ」、第二に冷却剤など、環境をテーマに自然素材を取り入れた作品を1時間ほどで製作する初級編「ちょっぴりワークショップ」、第三に体験性・学習性を深めながら参加者同士のコミュニケーションを半日〜1日をかけてはかっていく「じっくりワークショップ」、そしてある程度の日数、期間を要し、体験を通じてより専門性を深めていく「スペシャルワークショップ」と専門性や参加期間に応じて4種類に分けたプログラムを行っている。

原氏の報告の中心はこのうちの「スペシャルワークショップ」で、えのすいKids Club会員(会員数約5,000名)から17名の参加者を募った「子どもボランティア『クラゲ研究所』」(2011年8月に15日間かけて実施)について、概要と課題が報告された。

「クラゲ研究所」の博士から託されたクラゲたちとのふれあいがプログラムの主な内容であり、クラゲ採集後の洗浄など、生物との接触を通じて飼育仕様の意識を育てるものである。このプログラムの大きな特徴は、飼育体験を通じて子ども達がそれぞれ設定したテーマについて分かったこと、調べたことをまとめることに加え、白衣を着用して水族館来館者に対しプレゼンテーションとして調査内容、子ども達の見解を発表する場が設けられている点である。子ども達が来館者に呼びかけ、体験学習ルームに誘導する場面もある。

発表に際し表現力のテストを子ども達に課すなど、体験学習チームのメンバーのアドバイスは調査内容へのアドバイスにとどまらない。具体的には、お客様にどのようにしたら発表したい内容を伝えられるかについて、選んだ表現は適切かなど、伝える方法は自分で考えられるようなアドバイスを重ねるほか、発表時の声の大きさに問題はないか、家族や仲間だけでなく他の人の前でも話せるか、といったプレゼンテーションスキル面にもコメントが及ぶ。

緊張して話せなくなる子どもや、逆に話し過ぎてしまう子どもが見られる一方で、スペシャルワークショップ参加歴の長い子ども達のなかには、体験学習チームのメンバーからの質問にも動じなくなり、堂々と発表できる子どももいる。そうした子ども達には、参加歴の短い子ども達に対して思いやりを見せるなど参加初期には見られなかった変化もあったという。

スペシャルワークショップのプログラムは、「1つのことを知るために回り道をすることでより深い感動が得られる」点を重視しており、参加者が参加回数を重ねて経験、体験を深められるよう、体験学習チームはファシリテーターとして子ども達と関わっていくとまとめられ、原氏の報告は終了した。

質疑応答では、プログラム担当者は全員が学芸員資格保持者であることや、プログラムの年間目標人数(50,000人)について確認されたほか、ショーの演出については、リニューアル前は飼育担当者が兼任していたが、現在ではショー制作チームが担当し、プロの演出家とコミュニケーションを図りながら、シナリオや音楽を決定していくプロセスについて説明がなされた。ショーの実施については機材管理の担当者を配置するなど、ショーのブラッシュアップのために分業化を前提としたスケジュール管理が欠かせないこと、制作チームは飼育担当者と演出家とのはしわたしをする役割を担っていることが紹介された。

来館者に対する分かりやすさを維持するために実施内容の変化の蓄積や職員間のフィードバックがどのようになされているかに関する質問には、飼育・企画・運営の各チームでアンケートを行い、集計するという試みが行われているとの回答がなされた。

また、リーフレットやポスターなどの紙媒体、館内展示パネルにいたる様々なデザインが統一されている点について専門家の有無を問う質問があり、これに対し、ニューイングランドなど主にアメリカの水族館から学びながらデザインをコンセプトのアウトプットとして捉えている点や週2回デザインミーティングを実施し、そこで承認されたものだけを採用する取り組みが紹介された。

今回の研究会でも、職員間の課題共有のあり方や来館者へのフィードバックのプロセスに特に関心を抱いて参加した。この観点から両氏の報告で最も印象深かったのは、新江ノ島水族館では各活動の根底にコミュニケーションスキルを深める機会が多い点である。

唐亀氏の報告や質疑応答への回答からは、リニューアル前のショーから得られた課題を職員間において共有し、新規の企画に反映させていること、職員間でアンケート調査を実施していることなどである。

原氏の活動報告からは、参加者と館職員の当初の緊張関係が、継続的なコミュニケーションを繰り返すことにより、問題意識を共有する情報の発信者としてともに考えを深めていくプロセスがうかがえた。

エデュケーターについては、来館者とのコミュニケーションのあり方からその意義が語られる機会もあるが、複数の場面での職員間コミュニケーションを蓄積していくことが、各職員の表現力・観察力を高める契機ともなり、多様な背景を持つ来館者に対し、的確な表現で資料の魅力を伝えることに繋がる。

博物館の学習機能は、来館者に対する限定的なものではないはずであり、その観点から職員間コミュニケーションの機会を段階的かつ継続的に設けていく意義は大きいと思われた。今後も継続して、各館の取り組みと成果の検討を個人的にも進めていきたい。

以上

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